■あらすじ
「あいつら元気かなあ」
窓際に頬杖をつき、松瀬渚はクスクス笑った。
一両きりの電車。
車窓の景色はどんどん緑一色になっていく。
山が近い。
夏休みから卒業までの数ヶ月を、両親から離れ田舎で過ごすことになった渚。
仲の良い友人たちの姿を思い、自然、心は浮き立った。
明るく元気な一臣。
控えめだがしっかり者の光。
少しマセたところのある、一臣の妹・一葉。
渚はこの夏休みが楽しみで仕方なかった。
皆と再会出来るのが嬉しくてならなかった。
だが――
「……」
ふ、と一瞬。
おかしな感覚が、渚の背筋を這ったような気がした。
なぜだろう?
憂うことなど何もない。
――何もない、はずなのに。
車内アナウンスが響いた。
ややあって、電車のスピードが落ちていく。
山と水田。
遙か向こうにちらほらと、申し訳程度の民家。
それだけしか見えない寂れた駅のホームに、電車はゆっくり滑り込んでいった。