~あらすじ~
──不思議はいつもそばにいる。
ハロウィンパーティーで賑わう街中,仮装に身を包み我を忘れ熱に浮かされた人ごみの中一体のヴァンパイアが今日の獲物を品定めしていた。
ヴァンパイア。人の生き血を啜り生きる魔物として古くから言い伝えられている。
そして今に至るまでさまざまな伝承や話が伝えられている。
ある時には,血を啜られた者はしもべのゾンビになると云われ。
ある時には,血を啜られた者は同じくヴァンパイアになると云われ。
ある時には,日光にひとたび曝されれば灰になるとされ。
ある時には,日焼け止めを塗ればそれを防げるとされ。
かくのごとく,さまざまな想像の余地を残しつつも確実に今も我々の心象に根付く魔物。それがヴァンパイア。
しかしその一方,共通点も多く見受けられる。
その一つが美男美女であるということだ。彼女も例外ではない。
彼女に目をつけられたら最後。男はみなその美貌にひれ伏し己の色欲を露わにし,丸裸に,骨抜きにされ身も心も全て捧げる供物と化す。
彼女にとって男どもを手玉にとるこの一連の捕食行為は暗闇の中儚く灯る一本のろうそくに似ている。
活動の生命線でありながら,いたずらに息を吹きかけその揺らめきを楽しみつくしたのち喰らい闇に帰す余興にもなり得る。故に彼女は男を掌握し喰らう。
しかしそんな遊戯に興じながら彼女はどこか憂いていた。上機嫌とは裏腹に。
それは永遠にも似た長すぎる寿命のためか───。
それともただ闇で彩られた空間に感化されたのか───。
はたまた眼前の獲物が抜くほどの骨すら有していないためか───。
──不思議はいつも付きまとう。
けれどもわかったところでお腹が満たされるわけではなし,そもそも彼女は闇に生きる存在。不明こそが自分自身なのだから無理に明らかにする道理もない。
そんなことより血だ。若くて生き生きとした鮮血が飲めればいい。それだけで舌は乱舞し,喉は潤い,胃は満たされ,充足至福,夢のような時が約束される。
少々の憂いなど馳走の前では箸にも棒にかかりようがない。
故に今宵も彼女は漂流する。
街を─。
時を─。
闇を─。
血を求めて─。
夢を求めて─。
──不思議はいつも彷徨っている。